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東京高等裁判所 昭和55年(う)256号 判決

控訴人 被告人

被告人 静野英夫

弁護人 真子傳次

検察官 石井和男

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人真子傳次が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事石井和男が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一(事実誤認及び法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、被告人はテナントになつた特定の者からのみ預り金をしたに過ぎないから、不特定かつ多数の者から預り金をしたとの事実(原判示第一)を認定して被告人を出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律違反の罪に問擬した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認ないし法令適用の誤りの違法がある、というのである。

そこで、原審記録を調査して検討すると、被告人が代表取締役社長をしていた日本能率興業株式会社は、昭和五一年七月東京都渋谷区宇田川町三番五号リカビル四階に「スペース・スリーナイン渋谷店」という名称の店舗を開設し、店舗内に八五〇個余りのガラス製商品展示用ケース(カプセルボツクス)を並べ、一ボツクス毎に一年契約、賃料二四万円(昭和五二年七月以降は三六万円)で賃貸するとともに、賃借客(テナント)が持ち込みボツクス内に展示した商品をテナントに代つて管理・販売して手数料を得るという形態の商品展示場の経営を始めたこと、ところがテナントがなかなか集まらず、またある程度獲得したテナントの中には陳列商品の売れ行きが悪いため右賃貸契約の解約を申出る者もあり、これらに対しては大々的な新聞広告をしてテナントを募集し、あるいは売れ行きのよい自社商品をボツクス内に陳列させるなど種々の対策を講じてきたこと、被告人は、その対策の一環として及び会社資金の調達を図るため、取締役営業部長静野芳秋、前示渋谷店店長鍛裕彦らと共謀のうえ、昭和五二年二月ころから、既得のテナントや来店した一般多数客に対し、原判示のとおり、「実は会社では今度出資制度というものを始めましたが加入しませんか。この制度は一年間の期限で元金を出資してもらい、その金をこちらで運用し外国の一流ブランド商品を仕入れ、それを売つて利益を配当する制度です。一年後に間違いなく元金をお返ししますし、一ヶ月前に言つて戴けば、中途解約はいつでも自由で、間違いなく元金は保証します。利益配当は月一割五分くらいできます。例えば二〇万円出資してもらえば月三万円くらい配当が受けられ、ボツクスの中の品物が少しも売れなくとも月二万円のレンタル料を引いても儲けになります。」とか、これと同趣旨の勧誘を行つたこと、さらに右会社は、昭和五二年七月東京都中央区銀座八丁目七番四号第二一丸源ビル一階にも「スペース・スリーナイン銀座店」という店舗を設け、一八〇個のカプセルボツクスを並べ、一ボツクス毎に一年契約、賃料一二〇万円で賃貸するなど前同様の形態の商品展示場経営を加えたが、被告人は、前示静野芳秋らと共謀のうえ、来店した一般多数客に対して、前同趣旨の勧誘を行つたこと、その結果、原判示別紙一覧表(一)記載のとおり、前後九五回にわたり右勧誘に応じた吉田祥子ほか五〇名から「出資金」等名下に預金と同様の経済的性質を有する金員合計八七九八万円の受入れをしたことが認められる。ところで、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律二条が、他の法律に特別の規定のある者を除く外、何人に対しても不特定且つ多数の者から業として預り金をすることを禁止した趣旨は、預金等をしようとする一般大衆の地位を保護し、社会の信用制度と経済秩序の維持発展を図ることにあり、このような本条の趣旨目的に照らして、右にいわゆる「不特定且つ多数の者」とは、一般大衆を指称すると解すべきであり(最高裁判所昭和三六年四月二六日大法廷判決、刑集一五巻四号七三二頁参照)、これを本件についてみると、被告人らの預り金行為の対象者は、すでにカプセルボツクスのテナントになつている者又は預け金をすると同時にカプセルボツクスのテナントになつた者のいずれかであり、その意味では所論主張のとおりテナントに限つて預り金をしたといえるが、そのテナントなる者は、もともと被告人らの新聞広告等による宣伝に応募した家庭の主婦やOL等のまさに一般大衆であり、ただ預け金をするについては返還を要求し得ない高額のテナント料の支払が条件とされていたというものに過ぎず、いいかえると、被告人らはテナント料を支払いテナントとなつた一般大衆から併せて預り金をしたのであり、以上によれば、原判決が被告人らにおいて「不特定且つ多数の者」から預り金をしたとの事実を認定し、これを一つの要件として前同法二条一項を適用したことは正当であつて、原判決にはこれらの点に関し何らの誤りもない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人は全力をあげて殆んど全部の被害者と示談を結んで現金を支払い又は今後の支払約束をしているなど諸般の情状を考慮すると、被告人を懲役二年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり、被告人に対しその刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。

しかしながら、原審記録を調査して検討すると、原判決がその「量刑の理由」の欄において詳細説示する諸事情、すなわち、本件は、被告人が前示静野芳秋らと共謀のうえ定期預金等に比較して極めて利殖度の高い受入れ条件を示すなどして社会経験に乏しい家庭の主婦やOL等を巧みに勧誘し、前叙のとおり前後九五回にわたり五一名の者から合計八七九八万円にも及ぶ多額の預り金をし(原判示第一)、さらに右芳秋と共謀のうえ美術商から販売委託された絵画二〇点(仕入れ価格合計一七八五万円、指定最低販売価格合計三八八〇万円)をほしいままに自社の二〇〇〇万円の借入債務の担保に供して業務上横領した(同第二)という大規模な事犯であり、被告人はそれについて主導的な役割を果していること、その後被告人の甚だ放漫な経営態度から会社の倒産を招き、預り金のうち中途解約をしていた三名を除く四八名分合計約八二〇〇万円についてはこれを返還することが不可能となり(約半数は利益配当も受けていない。)、また美術商から預つた絵画も回収不能となり、これらの者に多大の金銭的損害を与えたこと、これに対して被告人は、原判決言渡時までに預り金未返還分約八二〇〇万円につきその一割強を、絵画分につき五〇〇万円をそれぞれ弁償したに過ぎないことなどが認められ、また当審における事実取調の結果によると、その後預け金をした者の一部及び美術商に対し合計一八二万円を弁償しているものの、なお多額の被害弁償が残つていることが認められ、以上の諸事情を併せ考えると、被告人の罪責は甚だ重いといわざるを得ないから、被告人が被害者らとの間で、昭和五五年一一月から昭和五九年一二月まで毎月分割弁済すること等の約束を取り交わし、現に被害弁償のために努力していること、被告人には傷害罪等により三回罰金刑に処せられた以外特段の前科前歴はないこと、その他反省の態度など諸般の情状を被告人のため十分しん酌してみても、被告人を懲役二年に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千葉和郎 裁判官 宮嶋英世 裁判官 中野保昭)

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